物があると嬉しい?ひとたち 地方の価値観を変えたい!

地方

どうもこんにちわ、モメナスです

さてさっそくですが皆さんのお家は物が多いですか?

はっきり言って僕の家は物が多いです

早く捨てれば良いとは分かっているのですが、いざ捨てるとなると面倒くさかったり、思い出がよみがえったりして捨てられなかったりしますよね?

僕の家にも使わなくなった掃除機があります
押し入れで見るたびに早く捨てようと思うのですが、どうやって捨てるのだろう、大型でも大丈夫かな、リサイクルに出さなきゃダメかな、とか考えているうちにまぁ来週考えようとついさきのばしに…

そんなこと言ってないで今捨てろっていうんでしょ!?
わかったわよ、明日捨てるわ!笑

僕個人はあまりものをもつのが好きじゃないです
ごちゃごちゃするのが嫌いなのと、使わなくなった掃除機のように捨てるのがめんどくさいからです

また自分一人生きるのであれば、エアコン、冷蔵庫、ふとん、一人用の机、椅子さえあればだいたい事足りていました
まぁブラック企業戦士につき、平日はほとんど寝るか、外に遊びに行くかだったしね

ただ家族がいるとそうはいきません

特に子どもがいると、おもちゃが山のように溢れかえっています
これは祖父母からのプレゼントが大半ですが、物に満たされすぎていて不安なので、最近は僕からは限られたものだけにしています

服もすぐ小さくなって着られなくなったものも多いのですが、なんか捨てられないのです
この服着て水族館に行ったなとか、これを気なくて大泣きしたことがあったなとか思うとついつい捨てられないんですよね

そんなこんなで、すでに着ない子供服がダンボールで4箱あります汗
これも早く何とか整理しなければ汗

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地方民が”もの”に固執していると感じる理由

こういう話をしていると必ず物がない生活って貧乏くさいとか、寂しいとかいう人がいるよねぇー

まぁ価値観は人それぞれなんで構わないのですが、個人的には物がなくても満足できる方が心が豊かな気がします

皆さんはどう思われますか?

このようなことを言う方はやはり地方のひとに多いような気がする

ただこれに関してはあくまで多い傾向にあるようだというレベルであり、地方だから多いわけでないのだろうけど

でもなぜ地方に多いように思えるのだろう

これはまず地方の価値基準のせい

あの人は広い家に住んでいる、会社に乗っている、高級ブランドの洋服を着ている、だからあの人はお金持ちなんだ、凄い人なんだという価値観から抜けきっていないのです

地方にくるとよくわかります

不相応な車に乗る人たち、広い家に住んでいる人たちが本当に豊かな幸せな生活を遅れているとは限りません

なのにも関わらず良いものを持っている、多くのものを所有している=人としての信頼という構図が未だ残っているのです

これだけIT、クラウド化が進み、ハードが少しずつその重要性をなくしているにも関わらず、ハードを持つことに意義を持ち続けるひとが地方にはまだまだ多くいるのです

これからの地方社会、政治に社会について思うことを真面目に語るよ笑笑

これから地方創生を行なっていくにはやはり地方はこの物質主義というイデオロギーを捨てたほうがよいと思う、ぼくは

そうなると地方の企業やお店がどんどん寂れてしまうのではないか、と心配する声がありますよね

ですが寂れてもいいじゃないですか
むしろそうやって淘汰されないと経済は強くなっていかない

現在は国、主要都市圏、地方問わず行政は企業や個人事業主に対して大甘
それは選挙が人気取りである以上仕方がないことなのだけど、それではどんどん経済は落ち込むのは当たり前

現在寂れたらまた立ち上がる誰かがいれば良いのです
朽ちていく会社を助けるのはやめて、新しく事業を起こす方を手助けするようにしたほうが、ぜったい強い経済ができる

特に地方は商工会議所と行政の距離があまりに近すぎ
選挙を勝つための政治ではなく、本当の意味で街や民を守るための政治をして頂きたいですなぁ

………いつの間にこんな話になったのでしょうか?

現在の居住地の市長さんに思うところがあったので、ついつい口が滑ってしまいました

特段の趣向があるわけでないので、その点はご安心をば

お金を支払うのが幸せか?

物があるから幸せという、実態と異なる可能性がある価値基準をとることはやめませんかということが今回お話ししたいことでした

子どもが物があることが当たり前の状況に対して若干の危機感があり、今回記事にさせてもらいました

僕らの世代でも親たち世代から見れば、物に溢れた世代で生きているとおもわれています
僕は比較的ものに恵まれて、恵まれ過ぎていたと思っています

それは親の愛情ゆえでしたが、子どもながらに必要以上の施しに対しては受けたくないと感じていたのを覚えています

ある時にその豊かさを拒絶して親はびっくりしたそうです。母は悲しみ、父は喜んだらしいのです

自分の子供にも必要最低限の物は絶えずに与えたいと思いますが、不必要なものまで過剰に与え続けたくないと思います

お金を払うのって楽しい行為?

またちょっと似た話で、お金を払う自体がことが好きなひとっていませんか?

たとえばですが、自分で麦茶わかせば良いのに貧乏くさいからといつもペットボトルを買っているひと

めんどくさいとかの理由なら全然理解できるのですが、貧乏くさいってどういうこと???
その発想自体が貧乏人マインドだと思うのですが

金を使わなきゃ貧乏って……

10年くらい前のアニメで「東のエデン」という作品がありました

※以下ネタバレ含みます。

その作中で主人公が

「お金は払うよりもらうほうが嬉しいってほうが、俺は健全だと思うけど」

というセリフがあります

まさしくこのとおりだと思います
払うことに快感を覚えているひと、意義を見出しているひと、義務感を覚えているひとは危険なんじゃないかなと思っています

お金はあくまで目的を達成する手段です
お金を払うことが大好きなひとはこの点をもう一度考えてみてはいかがでしょうか

ちなみにこの「東のエデン」という作品は非常に面白いのですが、最後の最後で先程のセリフが物語の核であったということで、良い意味でも悪い意味でもファンを裏切って伝説的な作品にはならなかったと、個人的には思っています

劇場版の最後までは非常にエンタメ感が溢れた作品でしたが、最後の最後に神山監督の作家性を出してしまったというか、師匠の押井監督の仕事を見事に継いだと思わせました

※ネタバレ終了

この物を所有すること、お金を払うことで満足感を得る気質によって日本はこれまで経済成長を遂げてきました

日本人には消費をすることを良しとする文化が根強くあります
それは値下がり続ける物件価格や、宵越しの金は持たないなどの古の言葉からも伝わります

この資本主義の文化と日本人の気質がうまくマッチングしたため、戦後の経済成長があったのではないかと僕は考えています

ただ現在は徐々に物質の消費する文化を良しとしない流れとなってきています
環境面でもそうです
いかにゴミを少量にするかということがトレンドになっています

ITもどんどんクラウド化が進み、物質的なハードの存在意義が低下しています
日本は物質主義での成長から、この視点の出足が非常に遅れています
もはやアメリカ、中国には周回遅れと言っても過言ではありません

ようやく国や一部大企業で対応を始めたレベルです
地方にその波がくるのはもはや海外の主要企業が世界を席巻した後でしょう
恐らく地方産業のほとんどが滅びることになると思います

地方は、地方こそいち早く物質主義から脱却し、新たな価値観を身につけて勝負をすべきと思います

まとめ.国と地方と新しい明日へ

日本市場はこれからです

すでに海外の攻勢にあって、ほとんどが席巻されるでしょうが、まだニッチな分野では闘えます
これから皆さんの住んでいる街を活性化できるチャンスはあるのです

ただし街を活性化するなんて狭い視野ではダメです
日本、世界中を活性化する気概をもってチャレンジしなければ、あっという間に巨大資本に飲み込まれてしまいます

行政にもぜひこういった新しい価値観の試みを後押しするような施策を行って頂きたいものです

今日は固い話になってしまいました

なんかこう、ゆるふわな話を書きたいのですが難しいですね笑
でわ、また。ありがとうございました!

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